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しているものではありません。
14. サラリーマンは恵まれているが、やっぱり奴隷である

サラリーマンは恵まれているが、
やっぱり奴隷である

「自営業者や医師・農家・風俗・パチンコ店経営者などは好き勝手に所得をごまかして税金を払わずにいい思いをしているくせに、サラリーマンは源泉徴収で100%所得を補足されて不公平だ」と一般 に広く信じられています。俗に言う「クロヨン」や「トーゴサンピン」ですが、しかし、この認識は正確ではありません。サラリーマンは所得を補足される見返りとして、多額の給与所得控除を認められているからです。

サラリーマンの「給与所得控除」は、以下のように日本国が決めています。

給与収入 給与所得控除
162万5,000円以下 65万円
162万5,000円超180万円以下 収入×40%
180万円超360万円以下 収入×30%+18万円
360万円超660万円以下 収入×20%+54万円
660万円超1,000万円以下 収入×10%+120万円
1,000万円超 収入×5%+170万円

たとえば年収800万円のサラリーマンの場合、「660万円超1,000万円以下」のカテゴリーに該当しますから、200万円が給与所得控除として認められることになります(800万円×10%+120万円)。この200万円の経費(1カ月当たり約17万円)が、サラリーマンとして仕事を遂行するために自腹を切って支払っているであろう金額だと、国がみなしているということです。

ところでちょっと考えればわかるように、サラリーマンとしてふつうに仕事をしていくために、年間200万円(月17万円)もの経費は必要ありません。日本の会社はとかく面 倒見がいいので、交通費はもちろん、社宅や住宅補助、福利厚生用のリゾートマンションや野球グラウンド、英会話学校などの研修費用やMBA取得のための留学費用まで支払ってくれます(さすがに最近はずいぶんシブくなってきましたが)。サラリーマンが個人で支払わなければいけない費用としては、スーツ代とワイシャツのクリーニング代くらいしか思いつかない、という人も多いでしょう。サラリーマンというのは、その実態に比べて、はるかに多額の経費を国から認められているのです。

ここから、

サラリーマンは自営業者に比べて優遇されている。

という、思わぬ事実が明らかになります。

サラリーマンがこのような過大な経費を認められているにことについては、税の専門家の間でも、さまざまな意見があります。

ひとつは、「サラリーマンは源泉徴収で100%所得を捕捉されるのだから、ちょっとは割引いてやらないと、自営業者などと比べて不利になる。自営業者が所得の4割をごまかしているのなら、サラリーマンだって3割くらいまけてやらないと文句が出てうるさい」という、身も蓋もない(でも説得力のある)理屈です。なんと言っても、手間もコストもかけずに税金を払ってくれるサラリーマンは税務当局にとっていちばんの上客ですから、多少はご機嫌をとってあげないと都合が悪いのです。

ところが、この屁理屈を自営業者の立場から見ると、「サラリーマンが3割ごまかせるのに、自分だけ正直に申告するのはバカバカしい」ということになります。実際、税理士の中にはこのような理論武装で自営業者の“節税”を正当化する人もいますから、話はややこしくなります。いわば、「自営業者被害者説」です。

もうひとつは、「サラリーマンは手に職をもっているわけではないから、急に会社がつぶれたりリストラされたりしたら可哀想だ。だったら、その日に備えて貯金できるように、ちょっとは多めに経費を見てやろう」という解釈です。しかしこれは、自営業者から即座に、「電話一本で、『悪いけど、来月からお宅に出す仕事はないよ』と言われるかもしれないオレたちの立場はどうなる!」という反論が出そうです。

そこでもっとも納得のいくのが、「サラリーマンは源泉徴収と年末調整で“税の奴隷”と化しているから、奴隷の報酬として、ちょっとしたご褒美をもらっている」という説明です。ジャーナリスト斎藤貴男氏の『サラリーマン税制に異議あり!』(NTT出版)は、こうした視点から日本社会の矛盾を暴いた好著です。

斎藤氏によれば、給与からの源泉徴収を行なっている国は日本以外にも多いものの、サラリーマンの経費を給与所得控除で一律に決め、源泉徴収額(税の仮払い)と実際の所得税額との差額を雇用主(企業)による年末調整で済ませてしまう制度は日本独自のものだということです。サラリーマン税制の最大の問題は、一般 に思われているように源泉徴収ではなく、給与所得控除と年末調整にある、というのが斎藤氏の分析です。

源泉徴収制度は太平洋戦争遂行にための戦時税制として考案され、戦後の混乱期に遅滞なく徴税するための緊急措置として、各企業(雇用主)に徴税実務を代行させる年末調整が導入されて、現在の「サラリーマン税制」が完成しました。その結果 、企業は税務署から1円ももらえないにもかかわらず、国家の召使い(税務署の出張所)として従業員の税額を計算し、税金を徴収(給料から天引き)したうえで、お上に上納しなくてはなりません。大手企業になると、11月半ばから1カ月以上も経理セクションが年末調整に忙殺され、多大なコストを負担させられることになります。

一方のサラリーマンは、年末調整にともなう各種控除を受けるために、雇用主である企業の経理部に世帯構成や配偶者の所得まで知られてしまうことになります。これでは、プライバシーもなにもあったものではありません。

本来、従業員の配偶者の有無やその年齢、扶養者との関係、家族構成その他を会社が知る権利はありません。配偶者が外国人だったり、子どもが障害者だったり、他人には知られたくないこともいろいろあるでしょう。とりわけ日本企業の場合、そうした「特殊な」家庭事情がネガティヴに評価され、差別的な扱いを受けることが頻繁に起こります。しかし年末調整がある限り、サラリーマンが個人のプライバシーを守ろうとすると、各種控除をあきらめて、独身者として書類を提出するしか方法がありません。

私たちサラリーマンは、たんなる税の仮払いにすぎない源泉徴収制度ではなく、給与所得控除と引き換えに私たちのプライバシーを公然と侵害し、国家や企業が土足で家庭に踏み込んでくる年末調整制度にこそ、怒りの声をあげねばなりません。「税金が安くなる」とほくほくしながら年末調整の書類に記入するのは、奴隷根性そのものなわけです。

個人として自立するためには、まず、自分自身のプライバシーを守ることから始めなくてはなりません。そのためには、少なくとも、サラリーマンが会社を通 さずに、自分の所得と経費を自分で申告することが最低限の条件になります。

現在の税制において、サラリーマンは自分のプライバシーすら守れないただの奴隷ですが、『サラリーマン税制に異議あり!』では、こうした不合理な制度にドンキホーテのごとく戦いを挑んだふたりの人物が紹介されています。

ひとりは、銀座の老舗レストランを経営していたI社長(故人)で、1950年秋から1951年10月までの12回にわたり、合計464万3,000円余の所得税を従業員から源泉徴収しなかったとして、所得税法違反で起訴されました。このI社長は、千葉県の田舎の金物屋の丁稚奉公から身を起こし、後に「銀座百店会」を結成して長年理事長を務めた立志伝中の人物で、「源泉徴収は憲法違反である」との信念から、国家に反旗を翻したのです。

I社長の主張は、明解でした。

  1. 憲法では、納税義務は国民一人ひとりが負うと規定されているのに、現在の税制は企業に納税義務を負わせている。これは明らかに憲法の規定に反している。
  2. そのうえ税務署は、企業を徴税実務の出張所代わりに使いながら、一銭の報酬も支払おうとしない。これではまるで奴隷扱いで、憲法18条の「国民はいかなる奴隷的拘束も受けることはない」という規定に反している。

要するにI社長は、「日本国ではサラリーマンも奴隷だし、国家に無償奉仕を強要されている企業も奴隷だ」と訴えたわけです。

しかし、それに対して最高裁は、

「たしかに納税義務は国民が負うわけだけど、源泉徴収でサラリーマンだってラクチンな思いをしてるんだから、会社に徴税を代行させたってべつに構わないんじゃないの。それで誰も文句いわないし、ものごとが丸く収まってるんだから、理屈っぽいこと言うのは勘弁してよ(大意)」

として、I社長の上告を棄却してしまいます。しかし、「税務署はなぜ1銭の報酬も支払わないのか」という訴えには苦慮したようで、けっきょく、

「会社は月末25日に集めた税金を、翌月10日目までに国に収めればいいということになっているんだから、その15日の間、運転資金に回そうが利殖に当てようが好きに使えるでしょ。それを国から受取る報酬だと思いなさい(大意)」

という無茶苦茶な理屈で切り抜けることになりました。

ところで、税の実務家の間では、

「日本の企業はただで税務署の手伝いをするかわりに、法人税をまけてもらっている」

というのが常識になっています。さすがに最高裁はそのことを認めませんでしたが、日本の税務署と企業というのは、「ちょっとくらいの脱税なら目をつぶってやるから、そのかわりオレの仕事をタダでやってよ」という関係だったのです。

もうひとりの偉大なるドンキホーテは、同志社大学商学部教授の大島正氏(故人)で、1966年8月、京都市左京税務署長を相手取り、「前年度に38万7,000円の必要経費がかかったにもかかわらず、13万5,000円の給与所得控除しか認められないのは違法である」として、たったひとりで裁判を起こします。

大島教授は、仮に全面勝訴したとしても25万円程度が還付されるにすぎないこの訴訟に1,000万円近い私財を投じ、一、二審敗訴の後に亡くなりました。訴訟はその後、遺族に引継がれ、提訴から18年7カ月後の1985年3月、最高裁で上告を棄却されます。

大島教授の訴訟は、当初は「サラリーマンにも必要経費を認めるべきだ」というものでしたが、長い裁判の中で、「経費を実額で算定せず、給与所得控除として、国が一方的に決めるのはおかしいじゃないか」という、より本質的な問いへと深化していきました。たんなる「税金をまけろ」という訴えではなく、「サラリーマンにも、自分の所得を正しく申告する権利がある」という、実に真っ当な主張です。

ところが、斎藤氏も指摘しているように、この大島訴訟のほんとうの意味を、日本のマスメディアはほとんど理解できませんでした。しかしさすがに最高裁は、大島氏の訴えの重要性を把握していたようです。その結果 、

「たしかにあなたが言うことはもっともな部分もある。サラリーマンにだって、自分の所得を自分で申告する権利がないとは言えない。しかしそうは言っても、現実は、大半のサラリーマンが実額以上の経費を認められておいしい思いをしてるんだからそれでいいじゃないか(大意)」

との苦しい屁理屈を展開するしかなかったのです。

「サラリーマン税制」をこのように理解すれば、いま求められているのは、第三のドンキホーテの登場だと思われます。

  1. サラリーマンにも所得を申告する権利を認めろ(少なくとも、年末調整と自己申告との選択を認めるべきだ)。
  2. 「年末調整」の名を借りて、雇用主が従業員のプライベートな情報を収集できる制度はおかしい。
  3. 税務署は企業を徴税機関として勝手に使うな。

の3点を前面に押し出して訴訟を起こせば、サラリーマンからも経営者からも大きな支持が集まるのではないでしょうか? 私たちは根性がないので、とても自分では長期の裁判闘争なんてできませんが、もしどなたかがドンキホーテになられるのなら、裁判資金のカンパも含め、支援を惜しまないことをお約束いたします。

『ゴミ投資家のための人生設計入門[借金編]』より
2001年6月25日


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