[番外編]
商品先物会社の熱烈営業マンを呼んでみたら
同窓会名簿などをもとにして、会社や自宅に商品先物会社の歩合制営業マンから勧誘の電話がかかってきたことのある人はいないでしょうか?
たいていの人は「興味ありません」と切ってしまうでしょうが、「もしこの営業マンの話に乗ったら、そのあとはどうなるんだろう?」とふと思ったことはありませんか?
あまりに頻繁に会社に勧誘の電話がかかってくるので、何年か前に、興味本位 でそのうちのひとりを会社に呼んでみたことがあります。
やって来たのは、まだ20代だと思われる、ちょっと気の弱そうな青年でした。その商品会社の名前は聞いたことがありませんでしたが、某有力経済週刊誌の商品先物特集号に広告を出しているといいますから、それなりの規模の会社だと思われます。そこは農産物を得意としているらしく、彼はトウモロコシのチャートを見せては、雀の涙ほどの銀行預金金利に比べて、トウモロコシの取引がいかに儲かるかを力説してくれました。
チャートを見ると、たしかにこの1年ほどの間にトウモロコシの価格はずいぶん上がっています。彼によれば、3カ月前に100万円の証拠金でトウモロコシを買えば、今では300万円を超える儲けになっているということでした。
なんでもトウモロコシの取引単位 は1枚(1単位)が100トン(!)で、証拠金は1枚あたり10万円ですから、100万円の証拠金を振り込めばトウモロコシを10枚(1,000トン!!)買うことができます。それを1,000キロあたり1万円で購入し、1万3,000円で売却すれば、締めて300万円の儲けになる、というような計算でした。1,000トン÷1,000キロで1,000倍になりますから、3,000円の上昇幅(1万3,000円−1万円)を1,000倍した300万円(3,000円×1,000)が実際の利益になるわけです。
しかしいきなり「10枚(=1,000トン)のトウモロコシ」と言われても、まるで雲を掴むような話です。だいたい、そんなにいっぱいトウモロコシを買っても、いったい何に使っていいかもよくわかりません。そこで今年のトウモロコシの収穫予想や需給関係、為替の影響などを尋ねてみたのですが、こうした話題になるとなぜか口ごもるばかりです。要するに、トウモロコシの営業トークだけを教え込まれていきなり現場に放り出された新卒の営業マンだったわけです。
その一生懸命な営業姿勢を見ているとちょっとかわいそうになって、そのときは、「今すぐ商品先物を売買するつもりはないけど、やってみたくなったら連絡するよ。ご苦労さん」と優しく送り返しました。どうやら、これがよくなかったようです。彼は会社に戻って、「有望な顧客がいる」と報告したらしいのです。
その翌日、午後の会議が終わって、受付から回されてきた外線電話をとって仰天しました。
「大変です! 大変なことが起きました!!」
いきなり電話口で誰かが叫んでいます。何事かと思って身を乗り出すと、
「トウモロコシが、ものすごい値上がりです! こんなことは10年に一度しかありません。すごいチャンスです。ここで投資すれば、絶対儲かります。100万円でいいから、今すぐ証拠金を振込んでください。トウモロコシを買いましょう!!」
最初は、いったいなんのことかさっぱりわかりませんでした。ようやく、昨日会社に来たトウモロコシ売りのお兄ちゃんだと気づいたのですが、気の弱そうな最初の印象とは打って変わって、「チャンス!」「儲かる!」「金を振込め!」と、人が変わったように叫び続けています。そのあまりの勢いに、思わず彼の言うとおりお金を振込まなきゃいけないんじゃないかと錯覚しそうになりました。
しかしちょっと冷静になって考えてみると、べつに個人的には、トウモロコシを100トンも買わなきゃいけない理由はありません(そんなにポップコーンが好きなわけじゃないし)。そのうえ、興味津々でこちらを窺っている女子社員たちの視線も気になります。そこで、
「せっかくお電話いただいて申し訳ないんですが、御社と取引するつもりは今のところありません。仕事の予定が詰まっていますので」
と言って、ひたすら叫びつづける彼を無視して電話を切りました。このとき、そのあまりの人格の変容ぶりに、ちょっとだけ不安になりました。
その翌日も、電話がかかってきました。話の内容は前日と同じで、
(1)トウモロコシが暴騰→(2)千載一遇のチャンス到来→(3)大儲け確実→(4)今すぐ金を振込め!
の繰り返しです。このときは、「なんで千載一遇のチャンスが2日も続けて来るんだ?」とちょっとムッとして、実際に忙しかったこともあり、「悪いけど興味ありません。もう電話してこないでください」と言って電話を切りました。
ところがその翌日にも、電話がかかってきたのです。今度はうってかわって、親密そうな話し振りです。
「あなたは取引しようかどうか悩んでおられるようだから、いちど上司を連れて説明にあがりたい。そうすれば納得していただけるはずだから」
と、まるで「あなたの悩みを解決してあげましょう」と言わんばかりです。べつに100トンのトウモロコシで悩んでいたわけではないのですが、ここで魔がさしたといおうかなんと言おうか、「あの気弱そうな青年の人格をこれほどまでに変容させてしまう会社ってどんなところだろう」と、興味を持ってしまったのが運の尽きでした。「そこまで言うなら断る理由はない」と、彼の上司を会社に呼んでしまったのです。
翌日の午後に青年と連れ立ってやって来たのは、『ナニワ金融道』にでも出てきそうな、いかつい顔をした小太りでダミ声のオヤジでした。いったいどんな凄い話を聞かせてくれるんだろうと、わくわくしながらフロアの片隅にある応接スペースに案内したのですが、彼の話も要するに「トウモロコシを買え!」「トウモロコシは儲かる!」「100万円の証拠金があっという間に300万円に!」というだけで、新人君の営業トークとまったく変わりませんでした。
そこで前回と同様、トウモロコシにおける為替の影響とか、収穫量の推移とかを尋ねてみると、いかついオヤジの顔がだんだんとこわばってくるのがわかりました。それを見ているうちに、「このオヤジが怒ったらどうなるかなあ」などというヘンな好奇心が頭をもたげ、「損したときのシミュレーションもやってみせてくれ」と頼んだのがよくなかったようです。
商品先物会社の営業マンというのは、いつも儲かる話ばかりしているので、損失時の計算というのはあまりやったことがないみたいでした。簡単な掛け算や引き算がなかなかできず、しどろもどろになってきたので、親切に計算を手伝ってあげました。彼の損益シミュレーションには、商品会社の手数料が入っていないので、ついでに税コストや手数用コストを加えた正確な計算もしてあげようとしたときです。彼が突然、大声を張り上げました。
「そんなゴチャゴチャした計算なんか関係ない! 儲かったって、税金を払う奴なんかひとりもいないんじゃ!!」
そのあまりの迫力に、オフィス中の仕事の手が止まる様子がわかりました。「マズい!」と思った瞬間に、KOパンチが飛んできました。
「あんたはいつまでもああだこうだ言って、ぜんぜん決断する気がない。決断できないのが、あんたの人生なんじゃ! 人間、やるかやらないかだ。決断できない人間は、人生でも仕事でも成功しない。あんたは人生の敗残者だ!!」
いやあ、このときは思わず、あまりの迫力に「申し訳ありませんでした」と土下座しそうになりました。会社の中は、静寂に包まれています。
その後、今度はムカムカと怒りが湧いてきました。いくらなんでも、初対面のオヤジから「人生の敗残者」呼ばわりされる筋合いはないだろうと思ったからです。こっちも興奮してきたのでよく覚えてないのですが、「そんなにトウモロコシが好きなら、自分でトウモロコシ売りでもやりゃいいじゃないか」くらいのことは言い返したかもしれません。我ながら大人気ないことをしたものです。
すると彼は、
「あんた、私をからかってるんだろう」
とさらに激昂しはじめました。
「人をからかうつもりで、わざわざ呼び出したんだろう。そんなことをして、タダで済むと思ってるのか!」
正直、これには参りました。まさに彼の言うとおりだったからです。しかし、今さら後に引くわけにはいきません。
「そっちが勝手に来たいと言ったんだろう。言いがかりはよせ」
とつかみ合いの喧嘩になりかけたところで、心配した同僚が顔を出してくれて、なんとか事なきを得ました。
その後、案の定、人事担当者に呼びつけられて大目玉 をくらいました。事前に親しい同僚に「面白半分で商品先物会社の営業マンを会社に呼んでみる」と言っておいたおかげでなんとか事情をわかってもらえましたが、そうでなければ首にされてもおかしくありません。
さすがにこの事件の後、件の商品先物会社から営業の電話はかかってこなくなりました。そのかわり会社中の人間から、「決断できない人生の負け犬」とのレッテルと貼られる羽目になったのです。
『ゴミ投資家のためのインターネット株式投資入門[デリバティブ編]』より
2001年1月25日
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