得する生活
How to Live a Profitable Life
借金と援助交際に共通の法則
いま日本の社会を「モラルハザード」という名の妖怪が徘徊している。銀行の債権放棄や公的資金投入が日本社会に与える最大の経済的損失は、多くの人が「借金は返さないほうが得だ」と思い始めたことである。年金問題の抱える最大の困難は、国民の大半が「どうせ年金制度は破綻するのだから保険料を払うのは損だ」と考えていることにある。
義務を放棄しゴネる人間が得をする社会では、契約に基づく市場経済は成立しない。企業経営ばかりでなく、国家の運営も破綻してしまうだろう。日本社会の危機の本質は、実はここにある。
ところで、借金を踏み倒すのはほんとうに得なのだろうか?
友人から10万円借りて、それを返さずに自分のものにすれば10万円儲かる。もしこれが経済合理的な行動だったら、世の中に借金を返す人間も、金を貸すお人よしもいなくなる。これでは貨幣の流通が滞り、経済は縮小するばかりだ。 この問題は、実は中高生の援助交際によく似ている。
携帯電話の出会い系サイトで“援助”してくれる大人を探せば、1回あたり3万円の利益が得られるとしよう。これは小遣いの少ない中高生にとって、魅力的なビジネスのように見える。だが冷静に考えれば、これは実に割の合わない取引である。
援助交際ビジネスで利益を実現するためには、見知らぬ男と密室で二人きりになるという大きなリスクを冒さなくてはならない(ときどき殺されることもある)。そのうえ、確実に報酬を受け取れる保証もない(「親が泣いている」などと説教して金を払わない男が実に多い)。さらには性病や妊娠のリスクまであるのだから、こんなに馬鹿馬鹿しい話はない。
世の大人たちは、簡単に金が儲かるから子どもたちが援助交際に走ると信じている。しかし、マトモな知能と常識のあるふつうの中高生は、こんな割の合わないことはしない。ではなぜ出会い系サイトが流行するかというと、彼女たちはたんに金が欲しいだけではなく、孤独で寂しいからである。
このように、一見得なように見えても実はそうではないことは、世の中には実に多い。借りた金は返さない方が得だというのも、実はこの類の話だ。
少額の借金を踏み倒すことは、それほど難しいことではない。転居先を探したり、内容証明を送ったり、裁判を起こして回収するコストを考えれば、貸し手としてもうやむやにして損金処理した方が安上がりだからだ。
もう少し金額が大きくなれば、弁護士のところに駆け込んで自己破産することもできる。最近では、ギャンブルの借金だろうが、ブランドものを買い漁った挙句だろうが、裁判所は簡単に免責を認めてくれる。
書店に行けば、借金を踏み倒すための指南本が並んでいる。それを読んで、消費者金融の窓口には自己破産目当ての借り手が続々と集まってくる。弁護士も投げ込みチラシや車内広告で盛んに自己破産志願者を募っているから、相談相手にはこと欠かない。近ごろは、闇金融業界も素人に食い荒らされて廃業が相次いでいるという。彼らの金主は自己破産しても見逃してはくれないから、被害はより深刻だ。
これらの指南本には、「借金を返さなくても失うものは何もない」と書かれている。現在の日本では、これは事実である。マイホームを取上げられることを除けば、あとはせいぜい破産の事実が官報に掲載され、クレジットカードが持てなくなるくらいだ。
しかし、借金を踏み倒すことで失うものがひとつだけある。それが「信用」だ。自己破産すれば、違法な業者以外、あなたに融資してくれる金融機関はなくなる。友人からの借金を理由もなく踏み倒せば、当人だけでなくほとんどの友人があなたから離れていくだろう。
それによって失うものの大きさを考えれば、実は、借金は返す方がはるかに得である。現在でも、マトモな知能と常識のある大人は、借りた金をきちんと返済している。なぜなら市場経済においては「信用」こそが最大の資産であり、富を産む源泉だからだ。
道徳的な正しさには、経済的な合理性がある。賢い中高生が売春ビジネスに手を染めないのと同様に、社会的に成功する人や企業は信用という金の卵を失うようなことはしない。