海外投資を楽しむ会 TOPページ
 [TOP][AICについて][海外金融機関情報] [書籍案内]
spacer
Akira Tachibana Archives 以下の広告はAICが推薦・推奨
しているものではありません。

「貧乏はお金持ち」 あとがき 2/3

Akira Tachibana Archives

貧乏はお金持ち 講談社より2009年6月5日に発売される新刊
「貧乏はお金持ち」の「まえがき」と「あとがき」を全文公開します。(09/05/28)


まえがき:グローバル資本主義を生き延びるための思想と技術|123| 
あとがき:「自由」は、望んでもいないあなたのところにやってくる|123


25年後の磯野家

「いその」の表札がかかる古い日本家屋の前に真っ赤なランボルギーニ。法事に呼ばれた和尚が引き戸を開けると、34歳になったワカメが「二人ともすごいひさしぶりじゃない」と笑顔でお茶を運んでくる。「オトナグリコ」のテレビCMでは、25年後の磯野家が描かれている。

イクラちゃんはIT企業のCEOになり、タラちゃんはたこ焼きの屋台を引いている。カツオがなにをしているかはわからないが、野球バットを担いで法事に現れるのだから定職に就いているようには見えない。四半世紀を経て、磯野家にはサラリーマンはいなくなってしまった(ついでにいえば、三十代になったカツオもワカメも独身のまま実家に暮らしている)。

本書では一念発起したマスオさんがサラリーマン法人として独立する姿をシミュレーションしたが、やはり、この設定にはちょっと無理がある。サザエさん一家は、ずっとあのなつかしい家で暮らすのが似合っている。会社勤めをつづけていればマスオさんもそろそろ六十歳で、リタイア後の年金生活が間近に迫っているはずだ。波平は、元気なら八十歳の傘寿を迎えているだろう。フリーターやニートが高齢者とひとつ屋根の下に暮らす風景は、いまの時代を上手にとらえている。

日本国の税制や社会保障制度は会社に強く依存しており、国家はその莫大な財政赤字をサラリーマンにたかることによって埋め合わせている。財務省などが主張するように日本の所得税率は諸外国と比べて高いとはいえないが、その一方で年金や健康保険の保険料は際限なく上がっている。制度の破綻を免れようとすれば、取りやすいところから取るしかない。

この閉塞状況を打開する方法として公認会計士の安部忠が1995年に提唱したのがサラリーマン法人化(『税金ウソのような本当の話』〈講談社〉)で、ごくふつうのサラリーマンが制度のくびきから逃れる手段として注目を集めた。だがそれから一〇年以上たっても、外資系のコンサルティング会社などで社員の法人化を認める例があるだけで、全国に五〇〇万社のサラリーマン法人が誕生する気配はない。マスオさんのサラリーマン法人化は話としては面白いが、それはただの絵空事である。

何年か前の話だが、ある二代目社長の話を聞く機会を得た。オーナー経営の地方の建設会社で、彼は従業員の福利厚生のためにサラリーマン法人化の導入を試みていた。希望する社員は雇用契約から業務委託契約に変更できるが、仕事内容も含めそれ以外の条件はこれまでと変わらず、法人化のメリットだけを享受できるという有利な提案だったが、なんど説明しても一人の応募者もなかったという。

サラリーマンが独立を躊躇する最大の理由は、雇用の安定が失われるのを恐れるからだ。だが、家族経営の中小企業ではオーナーの意向がすべてで、労働基準法の条文が生活を守ってくれるわけではない。オーナーが待遇は変えないと約束し、隠れた人件費の顕在化と税・社会保障費の削減で収入が二〇パーセントちかく増えるなら悪い話ではないと思うのだが、それでもひとはまだ会社に所属することを選ぶのだ。

ひとは群れの中でしか生きられない動物だから、「どこにも所属していない」というのは根源的な不安である。心理学者のエーリッヒ・フロムは、これを「自由からの逃走」と呼んだ。中世の封建的束縛から解放された近代人は自己責任で行動する自由な個人を生み出したが、私たちはそれがもたらす孤独や無力感に耐えられず自由から逃げ出し、国家や民族といった権威に依存して自己同一性を確認しようとする。フロムはこれによってナチズムを説明したが、依存の対象が会社であっても同じことだ。

近代社会は、「自由」に至高の価値を見出すことによって成立した。だが私たちは、じつは心の底で自由を憎んでいる。社畜礼賛の風潮を見れば明らかなように、ひとはもともと自由になど生きたくないのである。

リアルでなければ夢は実現できない

トルストイは『アンナ・カレーニナ』の冒頭で、「幸福な家庭はすべて互いに似通っているが、不幸な家庭はどこもその趣が異なっている」と書いた。だがビジネスにおいては、この箴言はあてはまらない。成功までの道程は成功者の数だけあるものの、会社が破綻する原因は、経営陣の内紛、組織の硬直、資金繰りの失敗など、片手で数えるほどしかない。

世界金融危機に端を発した景気後退で倒産や自己破産が急増している。政府や金融庁は貸し渋り、貸し剥がし対策に躍起になっているが、ほとんど効果はない。それも当然で、金融機関が融資を断るのは貸したら返ってこないと知っているからだ。

近所に若い夫婦がはじめた趣味のいい和食の店があってときどき利用していたのだが、ある日店の前を通りかかるとベンツのバンが停まっていて、黒服の男たちが店内に屯していた。その翌日、シャッターの下りた玄関にワープロで打たれた素っ気ない閉店の案内が貼られ、店内の什器はすべて持ち去られていた。

最近では古いビルやマンションの一角を改装し、レストランや雑貨店をはじめる若いひとたちが増えている。私の住んでいる街でもそんな店がたくさんできたが、ほとんどが数年で力尽きて閉店していく。彼らにアドバイスする立場にはないのだが、いつも残念に思うのは、がんばるだけでは問題は解決しないということだ。

彼らにもし、会計や税務・ファイナンスの基礎的な知識(フィナンシャルリテラシー)があれば、無駄な出費や高利の借入でせっかくの挑戦をだいなしにしてしまうこともなかったかもしれない。

本書で紹介したのはごく基本的なことで、専門家はもちろんビジネスの現場にいるひとも「こんなの常識だ」と思うかもしれないが、その一方で、なにも知らずに夢だけを抱いて商売をはじめるひとが後を絶たないのも事実だ。

テレビや新聞は「グローバル資本主義」を高みから批判するひとたちで溢れている。清貧やスローライフをしたり顔で説くひともいる。だが彼らは、いちばん大切なことを教えてはくれない。リスクを取る以上、徹底してリアルでなければ夢を実現することなどできはしないのだ。

高度経済成長の時代は、会社と国家に依存しながら、世の中のリアルを知らずに暮らしていくことができた。そんな牧歌的な時代が終わってしまったいま、誰もが資本主義や市場経済と共存する方法を見つけなくてはならない。

この本を書きはじめたときは、事業承継やM&A、海外法人を設立して人格を「多国籍」化する方法まで、さまざまな法人の使い方を紹介するつもりだったのだが、こうしたノウハウは特殊なケースでしか使えないことも多く、説明も煩瑣になるので、誰にでも役立つ基礎的なものだけに限定することにした。私は会計や税務の専門家ではなく、ただ「マイクロ法人」という新しいコンセプトを紹介したいと考えただけだ。それぞれの分野にはすでにすぐれた入門書・解説書があるのだから、それらを参考に各自が試行錯誤でカスタマイズしていってほしい。

会計や税務の知識があれば、法人と個人の複数の人格を使い分けることでほとんどのことが可能になる。だがひとつだけ、この方法では意のままにならないことがある。それは、「お金を稼ぐこと」である。

当たり前の話だが、人格を分裂しただけでは収入は増えない。法人化は、収入からより多くの利益を取り出すための技術であり、収入自体はあくまでも自らの知恵と労働で市場から獲得してこなければならないのだ。

AICと橘玲の本


お問い合せはこちら > お問い合せはこちら
本サイトの無断転載・複製を禁じます。リンクはご自由にどうぞ。
Copyright ©1999-2012 Alternative Investment Club.