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「貧乏はお金持ち」 あとがき 3/3

Akira Tachibana Archives

貧乏はお金持ち 講談社より2009年6月5日に発売される新刊
「貧乏はお金持ち」の「まえがき」と「あとがき」を全文公開します。(09/05/28)


まえがき:グローバル資本主義を生き延びるための思想と技術|123| 
あとがき:「自由」は、望んでもいないあなたのところにやってくる|123


楽園を捨て、異世界を目指せ

政治哲学者アイザイア・バーリンは自由の概念を「消極的(ネガティブ)」と「積極的(ポジティブ)」に分け、経済学者のフリードリッヒ・ハイエクはそれを受けて消極的自由を擁護した。

消極的自由(Liberty from)は国家や組織など他者による強制からの自由で、そうした制約のない環境でなにをするかは各自に任されている。それに対して積極的な自由(Liberty to)は理性に基づく理想状態(差別のない自由な社会)を設定し、ひとびとをそこに導くことを目指す。だが“収容所列島”と化した旧ソビエト連邦を見てもわかるように、こうした理想主義(設計主義)は一歩間違えれば大規模な人権侵害と自由の抑圧を引き起こす。だからこそハイエクは、積極的に自由を語るひとたちを“自由の敵”として攻撃したのだ。

そのひそみに倣うならば、本書では一貫して人生を消極的にしか語っていない。書店には「人生で成功する方法」を教えてくれるたくさんの本が並んでいるが、それらは抑圧的とはいえないまでも少々おせっかいである。どのように生きるかは他人から指図されることではなく、それぞれが自らの責任で決めればいいことだ。同様に、ここで紹介した制度的な土台(インフラ)の上でどのような経済活動を行うかはあなた次第だ。

私の他の著作と同様に、本書でも社会の仕組みを説明するにあたって道徳的な判断は留保している。読者の中には国家を道具として利用することを不謹慎と感じるひともいるだろうが、そうした「正義」が既得権を守り、不平等を固定化するということは指摘しておきたい。

日本の社会制度は、自営業者や農業従事者、中小企業経営者などの「弱者」に有利なようにつくられている。彼ら「社会的弱者」たちは、制度がもたらす恩恵をずっと享受してきた。本書の提案はそれをサラリーマンにも開放しようということなのだが、それを「不道徳」として抑圧してしまえば、既得権はずっと温存されることになるだけだ。

特定のひとにだけ分配された利権は政治的に強く守られているため、容易なことではなくならない。こうした不平等を是正するもっとも効果的な方法は、政治や社会を声高に非難することではなく、より多くのひとが利権にアクセスできるようにすることだ。そうなれば制度そのものが維持できなくなるから、否応なく社会は変わらざるをえない。この国を覆う閉塞状況を変えるものがあるとすれば、それは理想主義者の空虚な掛け声ではなく、少しでも得をしたいというふつうのひとびとの欲望である。

ひとびとはいま、自由な人生に背を向け、安定を求めて会社に束縛されることを求めている。自由の価値がこれほどまでに貶められた時代はない。

だがその一方で、会社はもはや社員の生活を保証することができなくなっている。〝サラリーマン〟は絶滅しつつある生き方であり、彼らの楽園は、いずれこの世から消えていくことになるだろう。

私はずっと、自由とは自らの手でつかみとるものだと考えていた。だがようやく、それが間違っていたことに気がついた。自由は、望んでもいないあなたのところに扉を押し破って強引にやってきて、外の世界へと連れ去るのである。

2009年5月 橘 玲

 

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