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「貧乏はお金持ち」 まえがき 3/3 |
講談社より2009年6月5日に発売される新刊 まえがき:グローバル資本主義を生き延びるための思想と技術|1|2|3| マイクロ法人とはなにかところで、先に「会社には法律上の人格が与えられる」とあっさり書いたけれど、私はこの意味がずっとわからなかった(正直にいうといまでもよくわからない)。近代の市民社会は個人(市民)の人格を等しく認め、それを人権として社会の礎に置いた。だから、私やほかのひとたちが人格(パーソナリティ)を持っていることは理解できるけれど(これが曖昧になると精神病と診断される)、法律上の人格っていったいなんだろう。 本書のもうひとつの主題は、「法人」をめぐる謎である。その不思議を解明しようとして自分で会社をつくってみたのだが、その結果、事態はさらに錯綜してしまった。私の会社には株主と取締役が一人しかおらず、それはもちろん私自身なのだが、この会社は私(個人)とは独立の法人としての人格を持っているのだ。世の中にこんなヘンな話ってあるだろうか? 本書では、こうした一人会社を「マイクロ法人」と呼んでいる。旧商法ではマイクロ法人は有限会社でしか認められず、株式会社では変則扱いだったのだが、新会社法ではアメリカなどと同様に一人で株式会社を設立することが認められた。 会社に雇われない生き方を選択したひとたちを「フリーエージェント」という。1980年代以降、欧米など先進諸国で増えつづける新しい就業形態で、労働市場の流動化が進んだアメリカでは全就業者数の4分の1、約3300万人のフリーエージェントがいるという。 このフリーエージェントが法人化したものが、マイクロ法人だ。アメリカでは1300万社のマイクロ法人があり、11秒に1社の割合で自宅ベースのミニ会社が生まれている。 アメリカでは会社に雇われない生き方が一般化すると同時に、フリーエージェントのマイクロ法人化が進んでいる。彼らはべつに、第二のマイクロソフトやグーグルを目指しているわけではない。会社に所属するのではなく自分自身が会社になるのは、そのほうが圧倒的に有利だからだ。 会社をつくることによって、個人とは異なるもうひとつの人格(法人格)が手に入る。そうすると、不思議なことが次々と起きるようになる。詳しくは本編を読んでほしいのだが、まず収入に対する税負担率が大幅に低くなる。さらには、まとまった資金を無税で運用できるようになる。そのうえもっと驚くことに、多額のお金をただ同然の利息で、それも無担保で借りることができる。 こうした法外な収益機会は、本来、自由で効率的な市場ではありえないはずのものだ(経済学の大原則は、「市場にはフリーランチ(ただ飯)はない」だ)。ところが実際には、人格をひとつ増やしただけで、簡単にフリーランチにありつくことができる。 こうした奇妙な出来事は、国家が市場に介入することから引き起こされる。世界大不況で「市場の失敗」が喧伝されたが、じつはそれ以前に、国家が市場を大きく歪めている。その最大のものは世界中の国家が好き勝手に貨幣を発行していることなのだが、それ以外にも市場には無数の制度的な歪みがあって、それによって理論上は存在しない異常現象が現実化するのだ。 アメリカのフリーエージェントがマイクロ法人になるのは、国家の歪みを最大化するためである。それをひとことでいうならば、 マイクロ法人は、国家を利用して富を生み出す道具である。 フリーエージェントという選択「会社」は、資本主義経済の中核として私たちの人生に大きな影響を与えている。だが不思議なことに、それがいったいなんなのかはじつはよくわかっていない。だからこそ「会社は誰のものか」とか、「会社の社会的責任とはなにか」が延々と議論され、それでも結論が出ない。 だがひとつだけたしかなのは、私たちがこの奇妙な生きもの(なんといっても会社はひとなのだ)とつきあっていかなくてはならない、ということだ。そして、会社を理解するもっとも効果的な方法は、自分で会社をつくってみることだ。 2005年の会社法改正で、誰でも気軽に法人を所有することができるようになった。本書の企画を最初に思いついたのはその頃で、法人の大衆化時代を迎え、会社という“もうひとつの人格”についての実用的な本があれば便利だと思ったからだ。それから書きはじめるまで三年以上かかったのは、そうはいっても会計や税務・ファイナンスの専門家はたくさんいるのだから、私のような門外漢の出番はない、と考えていたからだ。 ところが書店には、ビジネスマン向けに書かれたコーポレートガバナンスやM&Aの入門書、中小企業の経営者を対象にした会計やファイナンスの本は並んでいても、マイクロ法人の実践的なガイドブックはいつまで待っても登場しなかった(そもそもマイクロ法人というコンセプト自体が日本には存在しない)。 そのうちに経済格差や非正規雇用が大きな社会問題となり、それについて喧々囂々の論争が交わされるようになった。そのほとんどが、「落ちこぼれ=非正規社員をいかに有用なサラリーマン=正社員にするか」という視点で語られていた。私はその議論に強い違和感があって、「正社員じゃなくてもいいじゃないか」とずっと思っていた。正社員が「正しい」のなら、非正規=「正しくない」社員に対する抑圧はますます強くなるばかりだ。 誰もが正社員に憧れるのは、日本の社会ではサラリーマン以外の生き方が圧倒的に不利だと信じられているからだ。だから、これをたんなる精神論(脱サラすれば自由になれる)で批判してもなんの意味もない。会社に雇われない自由な生き方の可能性が、実践的な技術とともに提示されなくてはならないのだ。 本書では、マイクロ法人をキーワードに、会計・税務・ファイナンスの基礎知識をわかりやすく説明し、そこからどのような利益が生じるのかを具体的に示していく。それによって、労働基準法で守られ、雇用契約でがんじがらめに縛られたサラリーマンに比べ、複数の人格を使い分けられるフリーエージェントがけっして不利な選択ではないことがわかるだろう。 本書の特徴は、以下のように要約できる。
不確実性の時代の思想と技術最後に、本書の構成を簡単に説明しておこう。 第1章では、グローバル経済とIT(情報通信)技術の急速な進歩によって、働き方が正社員からフリーエージェントへと構造的に移行している現状を概観する。サラリーマンはもはや絶滅する人種であり、閉塞した日本社会を変革するには、会社に囲われたクリエイティブクラスを解放するしかないことがここで明らかになるだろう。 第2章では、会社と法人について原理的に考えている。異なる人格を持つという不思議に驚くことが、マイクロ法人を理解する第一歩だ。合わせて、会社の仕組みや具体的な法人の設立方法も説明している。 第3章では、会計の基本を扱っている。ここでのポイントは、個人(家計)とマイクロ法人(会社)を連結決算し、利益を最大化すると同時に課税所得を最小化することだ。 第4章では、税金について述べている。企業における税務会計の目標は、合法的な範囲内で納税額を圧縮し、より多くの富を株主に還元することだ。マイクロ法人を活用すれば、個人でもそれと同じことが技術的に可能になる。 第5章はファイナンスで、資金繰りと資金調達について説明する。公的融資制度とマイクロ法人を組み合わせれば、誰でも無担保の超低金利融資が受けられる。その仕組みから、日本の金融市場の奇妙な実態が浮かびあがってくるだろう。 本書は、理論と実践、そして物語が交互に組み合わされている。記述はできるだけ具体的にし、現在すでに法人を所有しているがその活用法がわからないひとや、フリーエージェントで法人化を検討しているひとがすぐに使える具体的なノウハウをひととおり盛り込んだので、将来、フリーエージェントを目指すビジネスマン(ウーマン)諸氏にも参考になるだろう。物語では、私が法人(会社)やファイナンスに興味を持った逸話を集めてみた。もちろん、興味のある部分や必要な箇所だけを読んでいただいても構わない。 世界はその姿を大きく変え、これまでの常識が通用しなくなってきている。未来は不確実になり、明日なにが起きるのか誰にもわからない。そんな世界で生き残るには、常に複数の選択肢を確保しておくことが必要になる。 サラリーマンは、すべてのリスクを会社という一点に集中させている。それに対してフリーエージェントは、収入源を複数にしてリスクを分散している。どちらが有利かはケース・バイ・ケースだが、不確実性の時代には分散型の収益モデルのほうが耐性は高そうだ。もちろんこの戦略は、副業などを使えばサラリーマンでも利用できる。 強いストレスを加えられると多量のストレスホルモンが脳に流れ込み、神経細胞(ニューロン)の働きが抑制され、抑うつ状態や肥満、食欲不振などが引き起こされる。だが最新の大脳生理学の知見によれば、実験の際、ストレスが加えられることと、自分の意志で中断できることを伝えておけば、血中のストレスホルモンはほとんど増えないという。予測と回避ができれば、どのような過酷な環境でもひとは生きていけるのだ。 これは逆にいえば、出口のない状況に置かれたとき、ひとは耐え難いストレスにさらされる、ということだ。ささいな出来事で精神が崩壊するのは、どれほどあがいてもそこから抜け出す方途が見つけられないからだ。あまりにも強く会社に依存し、それ以外のオプションを持っていないと、倒産やリストラでたちまち経済的にも精神的にも追い詰められてしまう。日本人の自殺率が先進国の中で際立って高いのは、会社以外に寄る辺のないことの裏返しだろう。サラリーマンはいつのまにか、“ハイリスク・ローリターン”の生き方になってしまった。 新たな選択肢をつくる効果的な方法のひとつが、法的な人格を獲得することである。経済的なストレスを法人に負わせてしまえば、それを盾に個人の人格を守ることができる。本書では、そのための具体的な方法を提案している。 マイクロ法人をつくれば、ひとはビンボーになる。そしてそれが、お金持ちへの第一歩だ。そのうえ“雇われない生き方”を選択すれば、クビになることもない。 ひとは生き延びるためなら、法の許す範囲でどんなことをしてもいい。これが、自由な社会の根源的なルールだ。もしあなたが一人の企業家としてこの理不尽な世界を生き抜いていこうと決めたならば、マイクロ法人の思想と技術がきっと役に立つにちがいない。 あとがき:「自由」は、望んでもいないあなたのところにやってくる
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