臆病者のための株入門
はじめに
臆病者には臆病者の投資法がある
私が株に興味を持ったのはかれこれ10年くらい前、神戸で大きな地震があり、カルト教団のテロが日本じゅうを大混乱に陥れた年、といえばわかるだろうか。その秋にウインドウズ95が発売されて、日本でも本格的なインターネット時代が幕を開けた。西和彦の訳した『ビル・ゲイツ未来を語る』を読んですっかり感化された私は、この革命児が経営する会社に投資することを思いつき、その頃勤めていた会社の近くの、日本一大きな証券会社の支店に生まれてはじめて株を買いにいった。
応対してくれたのはちょっと世を拗ねたかんじのおじさんで、「マイクロソフト? そんな会社、聞いたことありませんねえ」と慇懃な笑いを浮かべ、「株をおやりになるのなら、すこし勉強なさったほうがよろしいんじゃありませんか」と、カウンター脇に置いてあったパンフレットをくれた。私はど素人だったので、証券会社に行けばどんな株でも買えると信じていたのだ。もっとも、マイクロソフトを知らないおじさんもどうかと思うけど。
そのとき私がもらったのは「株はじめて物語」という小冊子で、表紙には小僧の一休さんが正座して日経新聞と会社四季報を読んでいるかわいらしい絵が描いてあった。それをパラパラとめくって、「なんだ、株なんか簡単じゃん」と思った。「安く買って高く売ればいいんでしょ」
それから書店に行って、株の入門書を何冊か買った。通勤電車3往復くらいですべて読み終えたのだが、私はすっかり混乱してしまった。それでまた本屋に出かけ、別の入門書を買った。そうやって何十冊も読んで(けっこう凝り性なのだ)、ようやく気がついた。といっても、「株必勝法」の話ではない。自分がなぜわからなかったのか、わかったのだ。
新しい世紀を迎えて、グローバル資本主義とか市場原理主義とかで、「株やってないの? そんなんじゃこれからの世の中生きていけないよ」という風潮になっているらしい。クリックひとつで20億円儲けた27歳無職のデイトレーダーや、株式市場を舞台に時価総額1兆円の企業グループに君臨し、33歳の若さで塀の向こうに落ちてしまった若手経営者が話題を集めたりもした。「株ってなんだかうさんくさい」と敬遠していたひとも、「こいつらいったいなにをやってるんだ?」と疑心暗鬼にとらわれたひとも、とりあえずちょっと勉強しなくちゃ、と本屋に行く。10年前の私みたいに。
でも、株の入門書を読んでも株のことはわからないのだ。なぜかって? だって、理解できないようにつくられているのだから。
とても簡単にいうと、株の世界にはまったく相容れない考え方が3つくらいあって、それぞれが好き勝手なことをいっている。彼らはむずかしい数式を振りかざしたり、不可解なグラフやチャートをひけらかしたり、お経のような専門用語を唱えて株と蕪のちがいも知らない素人を翻弄し、いつのまにか、わからない奴は無知で愚かな負け犬、という話にされてしまう。
それをさらに混乱させるのがアナリストとかファンドマネージャーとかいう金融業界のエリートサラリーマン集団で、彼らは投資家を右往左往させて株やファンドを売買させる仕事に精を出している。そしてだれもが自信たっぷりに、「私が正しい。私を信じないさい」と神のお告げのようなことをいう。こんな魑魅魍魎の世界に迷い込んで、地図も持たずにちゃんと目的地にたどり着くなんてぜったい無理だ。
日本国は借金で破産するとか、年金を払ってもらえないとか、国民の大半が下層階級になるとか、そうやって臆病なひとたちを脅すのが流行っている。
株式評論家やエコノミストやFP(ファイナンシャルプランナー)や経済ジャーナリストなどなど、“金融のプロ”は口をそろえていう。
「郵便貯金や銀行預金では“国家破産”“ハイパーインフレ”で資産のすべてを失ってしまいます。これからは、リスクをとって自らの資産を守らなければなりません」
彼らのいうことが間違ってるわけじゃない。危機感を持つのも大事だ。でもその一方で、いたずらに怯えたり煽られたりしてなんの準備もせずに投資の世界に船を漕ぎ出し、あっけなく難破してしまうひとがあとを絶たない。
株式市場はひとびとの欲望が生み出した巨大な迷宮(ラビリンス)だ。次になにが起こるか、だれにもわからない。“金融のプロ”が正しい道を教えてくれないのなら、自分のちからで歩きはじめるしかない。
臆病者には臆病者の投資法がある。この本を読んで、「なんだ、投資ってこわくないんだ」と思えるひとが一人でも多くなれば、とてもうれしい。