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世界金融危機とプライベートバンク 2/2 『週刊ダイヤモンド』掲載コラム

Akira Tachibana Archives

観光ガイドにPB広告 大衆化が招く危機

 2009年4月、主要20カ国・地域(G20)金融サミットでタックスヘイヴン対策が主要議題に挙げられたように、「脱税の温床」に対する批判が強まっている。タックスヘイヴンはその誕生から、国際企業や富裕層のための租税回避の道具として使われてきた。なぜそれが、いまになって「問題」となるのだろう。

  PBは秘密主義で、どれほど大金を積んでも、紹介者がいなければ口座を開くことすらできないとされている。だがスイスのホテルに泊まれば、部屋に置いてある観光ガイドにはPBの広告がずらりと並んでいる。一部の伝統的PBを除き、いまではどこもいちげんさん大歓迎だ(米国人もしくは米国居住者でなければ)。

  「タックスヘイヴン問題」の本質は、この大衆化にある。金融のグローバル化によって、ごくふつうのOLからテロリストまで、誰でも簡単に“秘密の花園”にアクセスできるようになってしまった。

  金融資産が国境を越えて自由に移動するようになると、国家は金融取引に高い税率を課せなくなる。税収が国家予算の半分に満たない未曾有の財政危機にある日本でも、資産課税を強化するどころか、株式の売却益や配当課税は10%の軽減税率が適用されたままだ。

  国内の税率が十分に低ければ、脱税のリスクを負ってまでタックスヘイヴンを利用する理由はない。だが税率を上げれば金融資産はたちまち海外に逃避してしまうから、いつまでたっても優遇措置を撤回できない。先進国はこの自縄自縛に陥っている。皮肉なことに、タックスヘイヴン国にとっての「危機」とは、国際社会の規制強化ではなく、世界全体がタックスヘイヴンになってしまうことなのだ。


機能不全に陥る国家単位の税制

 リーマンショックの直後、香港の大手PBを訪れた顧客が、計算書(ステートメント)を見た途端、口から泡を吹いて失神してしまった。富豪であるはずの自分が破産していることを知ったからだ――。真偽のほどはわからないが、PB関係者なら誰でも知っている都市伝説だ。

  実をいえば、金融と情報通信テクノロジーの急激な進歩によって、今世紀に入る頃にはPBの競争力はほぼ失われていた。そのためPBは、顧客をヘッジファンドなどリスクの高い(手数料の高い)商品に投資させ、融資によって投資にレバレッジをかけるという綱渡りによって、高い運用利回りと自社の収益を両立させてきた。ところが世界金融危機によってハイリスクの投資から巨額の損失が生じ、「資産保全」の神話もものの見事に瓦解してしまったのだ。

  こうした激動の日々を経て、タックスヘイヴン(オフショア)は税率の低さよりも制度の柔軟性をアピールし、PBをはじめとするオフショアの金融機関はサービスやコストを競うようになった。生き残りをかけた「大競争時代」は、これから幕を開けるのだ。

  グローバルな金融市場が次世代へと進化すれば、すべての投資家は資産の多寡にかかわらず、国境を越えて最適な金融機関を利用するようになるだろう。そうなれば金融機関の古いビジネスモデルも、国家単位の税制という旧弊な仕組みも機能しなくなる。それがどのような世界かはまだわからないが、すくなくとも、国内のPBが税務署の御用達で、海外のPBなら脱税し放題という不可思議な関係がなくなることは間違いない。

  グロテスクな「市場の歪み」は、いつの時代も、国家の介入によってもたらされたのだ。

橘玲 『週刊ダイヤモンド』2010年1月30日号

 

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