Money Laundering
by TACHIBANA Akira
TOUR in HONG KONG
9.スターフェリー
「海を渡って帰りたい」
しばらくして、麗子が言った。
いったん皇后前広場まで戻って、そこから歩道橋でスターフェリー・ピアに渡り、尖沙咀行きのフェリーに乗った。
油の匂いの混じった生暖かい潮風が頬をなでる。船尾の手摺にもたれて、麗子が静かに泣いていた。
船着場を降りると、麗子は涙をぬぐって真っ直ぐに秋生を見詰めた。
「こんなに楽しかったこと、何年ぶりだろう。ずっと、ここでいっしょに暮らせたらいいのだけれど。でも、誰もが人生をやり直せるわけじゃない」
「気をつけて」秋生は言った。それ以外の言葉を、思い浮かべることができなかったからだ。
「あなたこそ」麗子は手を伸ばして、秋生の頬にそっと触れた。
秋生はそのまま帰りのチケットを買うと、同じフェリーに乗り込んだ。
船が動き始めると、麗子が凭れていたのと同じ手摺から、遠ざかる香港の街並を眺めた。
確かに、誰もが人生をやり直せるわけじゃない。
スターフェリー