The Traveling Millionaire


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第3章 ミセス・ワタナベの冒険

 欧米の金融関係者のあいだで「ミセス・ワタナベ」が話題になっている。これは実在の人物ではなく、日本の主婦トレーダーの総称だ。

 ミセス・ワタナベは数兆円単位で円を売り、米ドルやポンド、オーストラリアドル、ニュージーランドドルなど高金利の通貨を買う。ヘッジファンドが多用する、いわゆる円キャリートレードである。

 ハイリスクな投資の代名詞になっている信用取引はレバレッジ率3.3倍が一般的で、100万円を担保に330万円分の株式を売買できる。それに対して為替FXのレバレッジ率は大手で約20倍、中小では200〜300倍のところもある。レバレッジ率300倍とは、1万円を担保に300万円を借りるのと同じことだ。

 次のような単純な取引を考えてみよう。1ドル=120円として、40万円を担保に1億2000万円(40万円×300)を借り、100万ドルに両替する。米ドル預金の金利を年5%とすると、100万ドルのヴァーチャルな“預金”から年5万ドル(約600万円)のリアルマネー(利息)が支払われる。この状態が永遠に続くのなら、40万円で一生働かずに生きていける……。これが、ミセス・ワタナベの投資戦略である。

*2008年2月現在、為替レートは1ドル=106円だが、ここでは計算を簡便にするために1ドル=120円で統一する。

 このように為替FXでは手軽に不労所得が得られるため、主婦だけでなく、働く気のないフリーターや労働市場から排除された高齢者がこぞって参入した。同様の不労所得はアパート経営でも得られるとされているが、こちらは銀行でローンを組み、不動産物件を購入し、リフォームのうえで入居者を募集するという手間がかかる。それに対して為替FXはクリックひとつで投資が完了し、あとは利息が振り込まれるのを待っていればいいだけだ。世の中にこんなラクチンな話はない。

 さらに素晴らしいことに、為替FXは魅力的なギャンブルでもある。年末ジャンボ宝くじなどより億万長者になれる確率はずっと高い。

 手元に120万円の資金があったとしよう。これに300倍のレバレッジをかければ、300万ドル(約3億6000万円)のヴァーチャルな投資ができる。これを円安・円高のいずれかに賭けると1%の為替の変動で3万ドル(約360万円)、3%で9万ドル(約1080万円)のリアルな利益もしくは損失が発生する。3%の変動ということは、取引時の為替レートが1ドル=120円として、上下に約3円50銭動けばいいだけだ。

  2007年8月のサブプライムショックまで為替市場では円安(ドル高)が続いており、2005年初頭に1ドル=102円だった為替相場は2007年6月に1ドル=124円まで下落した。仮にミセス・ワタナベが100万円を元手に300倍のレバレッジをかけて円売りドル買いの取引を行なっていたとしたら、300万ドルのヴァーチャルな預金から毎月約150万円(年間約1800万円)の金利収入を受け取りつつ、円安時にドルを売却することで7000万円を超える為替差益を得ていたことになる。最初の100万円は、わずか2年半で1億円以上に膨れあがったのだ。

  為替FXでは円高局面で利益を出すこともできる。米国株の急落を受けて、為替相場は2007年末の1ドル=114円から年明けには1ドル=105円まで急騰したが、この時期に300万ドル分の円買い(ドル売り)のポジションを持っていれば、わずか2週間で3000万円ちかい利益を得たはずだ。

  日本の公営宝くじは、投資金額の半分以上があらかじめ手数料として差し引かれる世界でもっとも割の悪いギャンブルである。1000円の宝くじを買うと、その瞬間に500円超が胴元である日本宝くじ協会に没収されてしまう。賭け金のうち平均でいくら払い戻されるかを「期待値」というが、宝くじの期待値は48%弱しかない(競馬・競輪・競艇などの公営ギャンブルの期待値は約75%、パチンコの期待値は約97%)。

  それに比べて、ドル/円を3銭から5銭のスプレッドで取引する為替FXの手数料率は0.05%程度である。期待値99.95%は、ラスベガスのルーレット(期待値95%)やバカラ(期待値99%)をも上回る。そのうえさらに、胴元は無利子で手持ちの賭け金の300倍も融資してくれる。2007年になって為替FXでの多額の脱税が次々と明らかになったが、この期待値の高いハイリスクなギャンブルから続々と億万長者が誕生したとしてもなんの不思議もない。


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