The Traveling Millionaire
第1章 究極の投資VS至高の投資
マンガ『美味しんぼ』(雁屋哲原作、花咲アキラ作画)では、美食倶楽部を主催する料理界の雄・海原雄山の「至高の料理」に、新聞記者山岡士郎(実は海原の勘当された息子)と同僚の栗田ゆう子が「究極の料理」で対決する。この究極対至高の料理対決を投資の世界に当てはめてみようというのが、ここでの趣向である。
北大路魯山人をモデルとした海原雄山の「至高の投資」は、プライベートバンクが超富裕層に提供するオーダーメイドのポートフォリオである。それは数々の伝説に彩られ、個人投資家の羨望の的になっている。
最低投資額が1000万ドル(約12億円)からという至高の投資に比べて、しがないサラリーマン記者である山岡士郎の「究極の投資」ははるかにつつましやかである。背広は古着屋、夕食は屋台か立ち飲み、デートは公園のボートですませ、ボーナスを貯めてなんとか300万円の投資資金を都合した。この貧乏投資家・山岡が、富裕層の社交クラブであるプライベートバンクのポートフォリオに挑むというのが物語の骨格である。
ところでこの『投資んぼ』は、そのドラマ性においていくつか致命的な弱点を持っている。
『美味しんぼ』では、素材のちがいが味に直結する。大根一本とっても、農薬まみれの農場で生産され、防腐剤を注入され船荷に押し込まれて日本まで運ばれた輸入品と、有機農法で栽培され、その日の朝に収穫されたばかりの新鮮な食材でははじめから勝負にならない。どれほど山岡が知恵をしぼっても、質の悪い食材から奇跡の料理は生まれない。だからこそ、至高の料理に対抗できる高級食材を乏しい予算で探し求める悪戦苦闘が、読者の共感を呼ぶのだ。
一方『投資んぼ』では、素材のちがいは原理的に存在しない。プライベートバンクがポートフォリオに組み込むトヨタ株と、貧乏投資家がなけなしの貯金をはたいて買ったトヨタ株は、量が多いか少ないかは別として、まったく同じものだからだ。
さらに問題なのは、勝負の決着をどこでつけるかである。
『美味しんぼ』では、究極の料理と至高の料理を審査員が食べ比べて勝敗を決める「料理の鉄人」方式が採用されていた。味は主観的なものでひとによって評価は異なるが、そうはいってもみんなが美味しいという料理はやっぱり美味しい。最高の食材を最高の料理人が調理して、とんでもなくマズい料理ができあがることはあり得ない。
それに対して『投資んぼ』では、あらかじめ期間を定めておけばその時点での優劣は客観的に決まるが、時間軸を変えると両者の立場はしばしば逆転する。みんながよいと思う投資法が高いパフォーマンスをもたらすとは限らないし、そればかりか、最高のプロが最先端の金融テクノロジーを駆使したヘッジファンドが破綻したりもする。30年後なら勝負の決着がつくかもしれないが、それまで読者が待っていてくれるとはとても思えない。
とはいえ、泣き言ばかりでもつまらないので、こうしたハンディを背負いつつも、どういう物語が可能かを考えてみよう。