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知的幸福の技術:あとがき

雨の降る日曜は幸福について考えよう あとがき

 友人の自殺について書いた時、最初の反響は、「爽やかな日曜日の朝にいきなり暗い話を読まされて不愉快だ」というものだった。本書で述べているように、私の中には彼の死から語り始めなければならない必然性があった。しかしそんな個人的な感傷は、何気なくコラムに目を通す読者には何の関係もないことっだとそのとき知った。

 生命保険の営業の方から、「私たちはお客様のために誠実に仕事をしている」との抗議を何通も受け取った。私には保険販売の仕事を貶めるつもりもなければ、彼らの誠意を疑うわけでもない。ただ、日本で販売されている保険商品の多くが消費者のニーズを満たしていないと考えているだけだ。私の文章で気分を害された方がおられたら、この場を借りてお詫びしたい。

 不思議なことに、不動産販売を営む方々からは一通の抗議も戴かなかった。これは、私の主張にいくばくかの正当性があると認めていただいたのだろうと勝手に解釈している。

PART1「幸福の法則」は、2003年3月から11月まで日本経済新聞日曜版で連載した「日曜日の人生設計—もうひとつの幸福のルール」を本編とし、それに「よくある質問」への回答を加えた構成になっている。本編は『世界にひとつしかない黄金の人生設計』(講談社+α文庫//オリジナルは『ゴミ投資家のための人生設計入門』)、『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』『得する生活』(ともに小社刊)などこれまでの作品の核を集めたもので、旧作を知らない読者にも楽しんでもらえるように工夫した(成功しているかどうかはともかく)。後半は若干、新しい視点が加わっていると思う。

 新たに書下ろしたPART2「正しさの問題」は、世間では「暴論」と呼ばれている類のもので、リバタリアニズム(自由尊重主義)の思想を私なりに翻案してみたものだ(「参考文献」参照)。私は、この暴論がいつの日か正論になると信じている。

 それぞれの原稿の中で内容が一部重複するところがあるが、執筆当時の雰囲気を壊さないよう、あえてそのまま残すことにした。本書に収録するにあたって、オリジナル版に若干手を加えたところもある。

 本書の書名については、とくに意味があるわけではない。

 子供が生まれたばかりの頃、六畳一間に小さな台所があるだけの古いアパートで、その寝顔を見ていた。いつの間にか日が暮れかけて、雨の音がした。玄関を開けると、雑草の生い茂る庭に銀色の雨の匂いがした。そんな些細なことを覚えているのは、その時、人生は美しいと知ったからだろう。

 読者の皆様一人ひとりが、素晴らしい人生の果実を手にされんことを。

2004年8月 橘 玲

文庫版 あとがき

 本書の親本『雨の降る日曜は幸福について考えよう』のあとがきを、ちょうど5年前に書いた。今回、書名を『知的幸福の技術』と変えて文庫化されるにあたって、データが古くなっている箇所や、状況が変わっているところを註で補った。だがその作業は、当初思っていたよりもずっと楽なものだった。
 5年の歳月を経ても、この国の仕組みはほとんど何も変わっていない。私たちはまだ、同じ場所に留まっている。ただ、声高に正義を叫ぶひとが増えただけだ。

2009年8月 「日本を変える政権選択の選挙」の最中に
橘 玲

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