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「秘密暴かれるUBS、揺れる富裕層」オリジナル版 3/3

Akira Tachibana Archives

追い詰められたUBS

2009年2月18日、UBSは米司法当局との司法取引に応じ、IRSに対する詐取・横領の共謀を認め、総額7億8,000万ドルを支払うとともに、スイスの法令に則って顧客情報を開示すると発表した。UBS側は、罰金に加え若干名の顧客情報を追加提出することで、このやっかいな問題を政治的に解決できると考えた。スイス大統領はその翌日、「銀行の守秘性にわずかな傷もない」と強調した。

ところが翌19日、IRSはUBSに対し5万2,000件の顧客情報を提供するよう新たな裁判を起こした。それまで米国人関連口座は約2万件とされてきたが、その数は2倍以上に膨らみ疑惑はさらに拡大した(UBSはその後、適正に納税されていない米国人口座が約4万7,000件にのぼることを正式に認めた)。

3月4日に開かれた上院調査委員会の公聴会で、UBS側は「スイス銀行法で禁じられている以上、顧客情報の提出を判断する権限は我々にはない」として、「この問題は法廷ではなく、米国とスイスの外交問題として扱われるべきだ」と主張した。それに対して調査委員会のカール・レビン上院議員は、「我々に貴国の法律を変えることはできないだろうが、この国でできることはすべてやるつもりだ」と述べた。

連邦裁判所が顧客情報の提出を命じ、UBSがそれに応じない場合、司法取引は取り消され、UBSおよび経営幹部が刑事告発される可能性が高い。有罪となれば、世界最大のプライベートバンクの存亡に甚大な影響を与えることになるだろう。それを避けるために顧客情報を開示すれば、欧州や日本などの税務当局から同様の訴訟を起こされるに違いない。UBSは、より深い泥沼に落ち込んでしまったようだ。

脱税かマネロンか

米国の税法では、脱税に対して追徴や延滞税のほかに最高10万ドルの罰金が科されていた。それが同時多発テロ後、テロマネーを規制するには不十分との批判を受けて、「10万ドルもしくは口座の資産総額の半額」に厳罰化された。しかもこの罰金は1年ごとに加算されるので、長期にわたって不正な口座を保有していると資産の何倍もの罰金を払うことになりかねない(悪質な税逃れとして刑事告発されると、さらに最高10年の懲役を科される)。

だがより深刻なのはマネーロンダリングを疑われることだ。こちらは「国家に対する罪」として、脱税よりもさらに重い処罰が待っている。

この事件で、UBSに口座を保有していた米国人顧客はきわめて厳しい選択を迫られることになった。

脱税を認めれば、すべての資産を失う可能性がある。だがそれを恐れて資金をUBSから他のタックスヘイヴンの金融機関に送金すれば、マネーロンダリングの罪に問われかねない。米司法当局は2002年12月から2007年までの顧客データの提出を求めており、ひとたび情報が開示されてしまえば、資金移動は過去に遡って追及されるのだ。

2月24日、アメリカ人顧客グループがUBSに対し、銀行法を遵守し米国に情報提供しないよう求める裁判をスイスで起こした。

口座閉鎖通知書

UBSはすでにアメリカ人顧客のオフショア口座の大半を解約している。私の手元に、UBSが顧客に送付した口座閉鎖通知の写しがある。

それによれば、顧客は通知書を受け取ってから45日以内に貸金庫を含む口座の全資産を他の金融機関に移さなければならない。資金移動先としては、SECの認可を受けニューヨークで記帳されているUBS系列の3つの金融機関が推奨されている。それに続いて、資金移動にあたってIRSへの報告が必要なこと、IRSには自主申告の督励制度があり罰則の軽減が期待できること、税務当局による民事・刑事の調査が始まってからではその特例は適用されないことなどが記されている。

通知書はQ&A形式で、「口座閉鎖にあたってUBSはどんな援助をしてくれるのですか」という質問には、「正しい税務申告に必要な書類を無料で用意します」とある。「45日以内に資金移動の指示を出さない場合はどうなるのですか」との問いには、「資産を売却・換金したうえで口座を閉鎖し、ドル建て小切手にして送付します」と回答している。小切手を換金すれば、その事実はIRSの知るところとなるだろう。

この件を報じたニューヨークタイムズ紙は、UBSの顧客の次のような言葉を載せている。

「小切手を受け取って森に捨てるか、どこかに送金して自滅するか、ふたつにひとつ。逃げ場はないよ」

 守秘性の神話を信じてスイスのプライベートバンクに口座を開いた5万人の富裕な米国人がいま、破滅の恐怖に脅えている。彼らにとって唯一の慰めは、当の銀行もまた同じ境遇にあることだろう。もっとも、それがどの程度役に立つのかはわからないが。

橘玲『日経ヴェリタス』2009年3月15日号

(事件の経緯は、上院調査委員会の報告書『Tax Haven Banks and U.S. Tax Compliance』およびニューヨークタイムズ紙のLynnley Browning記者の記事を参照した)

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