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 Introduction “金融2.0”時代の投資は個人旅行で

 資産運用の世界ではいま、巨大な変化が起きています。

 個人投資家が機関投資家やヘッジファンド、プライベートバンクをも上回る投資の選択肢を手に入れたこの大変化を『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術』(ダイヤモンド社刊)で“金融2.0”と名付けましたが、本書はその全貌を具体的に紹介しようとするものです。

 分散投資の効用とインデックスファンドの優位性を数学的に証明したモダンポートフォリオ理論は、資産運用業界に激震をもたらしました。もしこれが正しければ、割安株投資であれデイトレーディングであれ、“投資のプロ”のあらゆる努力は無意味になってしまうからです。

 ヴァンガード社が1976年にS&P500(アメリカの主要500社の株価指数)に連動するインデックスファンドを売り出し、個人投資家も“市場全体に投資する”ことが可能になりました。

 インデックスファンドが資産運用における「第一の革命」とするならば、新たな金融商品の登場がポートフォリオにさらなる進化を促しています。それが本書で紹介するETFとデリバティブです。

個人がジョージ・ソロスを超える日

 ETFは株式市場に上場されたファンドで、日本市場でもTOPIXや日経225などの株価指数に連動したETFが取引されています。

 証券会社の店頭で販売されるインデックスファンド(投資信託)に比べて売買が容易で、信託報酬などのコストも安く、信用取引(カラ売りを含む)や個別株オプション取引にも対応しているため、この10年間で急速に普及しました。

 ETF投資の総本山はアメリカ市場で、アメリカン証券取引所(AMEX)を中心に、2008年7月現在約750本のETFが上場されています(日本市場のETFは約50本)。

 ETFを組み合わせれば、株式だけでなく、不動産(REIT指数)や商品(金や原油などの個別商品や商品指数)、為替などを組み込んだ世界市場ポートフォリオを個人でも簡単につくることができます。こんなことは10年前には機関投資家やプライベートバンクにも不可能だったのですから、時代の変化には驚くべきものがあります。

 デリバティブは「派生商品」のことで、株価指数や通貨、商品などさまざまな原資産から派生した金融商品(先物・オプション・スワップなど)を総称します。 これまでは当業者(生産者・卸売業者)や投機家など限られた参加者による閉鎖的な市場でしたが、オンライン取引の普及と取引サイズの小口化によって個人投資家の間にも急速に広まりました。

 デリバティブ取引の中心はシカゴのCME(シカゴ・マーカンタイル取引所)とフランクフルトのEUREX(ユーレックス)で、商品や金融(株価指数・金利・通貨)デリバティブだけでなく、地域別の平均気温を取引する天候デリバティブのような先進的な商品も上場されています。

 日本でもっともよく知られているデリバティブは大阪証券取引所の日経225先物ですが、これは日経225株価指数を原資産とする金融先物です。

 株価指数先物の価格形成はインデックスファンドやETFと同じなので、原理的には、デリバティブを使った長期のインデックス運用も可能です。それが一般的でないのは、先物が高いレバレッジをかけたハイリスク・ハイリターンの投機的商品と考えられてきたからでしょう。

 しかしこうした状況も、いまは大きく変わりつつあります。

 日経225先物(1ロットが指数の1,000倍)を10分の1サイズにした日経225ミニの登場で、インデックスファンドやETFと同じ資産規模でデリバティブのポートフォリオを組むことができるようになりました(株価1万3,000円として日経225ミニの1ロットは130万円)。

 CMEにもS&PミニやNASDAQ 100ミニのような個人投資家向け商品が上場されており、これらの金融デリバティブを使って国際分散投資のポートフォリオをつくることさえ可能になりました。

 これは1990年代にジョージ・ソロスが行なっていたグローバルマクロの投資戦略ですが、それと同じことがいまでは誰でもできるようになったのです。

アクティブ運用VSパッシブ運用の論争は無意味になった

 モダンポートフォリオ理論の登場以来、資産運用の世界では長らく、アクティブ運用とパッシブ運用(インデックス運用)のどちらが優れているかが議論されてきました。

「市場が効率的であればどのようなアクティブ運用も長期にわたって市場平均を上回ることはできない」との理論は、それがどれほど数学的に正しくても、にわかには受け入れることができません。アクティブ運用派の攻撃は、必然的に理論の前提となる市場効率仮説へと向けられることになりました。

 ほとんどのアクティブファンドが市場平均を超えられないことは統計的に繰り返し立証されていますが、それでもウォーレン・バフェットのように明らかにマーケットを打ち破った投資家が存在する以上、市場が100%効率的だと断言することはできません。

 モダンポートフォリオ理論では株価の変動は標準偏差で表わされますが、近年のネットワーク理論では、株式市場はスモールワールド(緊密な網の目で結ばれた複雑系のシステム)であるとされ、株価は標準偏差の範囲内で安定した値動きをするのではなく、間歇的に暴騰や暴落を繰り返すことが予想されています。市場の効率性に綻びがあるのなら、それを利用してマーケットに打ち勝つことも不可能とはいえません。

 ところで本書では、アクティブ運用とパッシブ運用の終わりのない論争に参加するのではなく、資産運用の戦略としては、ETFの登場によってこれまでの議論は無意味になったと考えます。

 ETFは株価指数に連動しますから、その意味ではパッシブ運用のツールです。しかし世界の株式市場から不動産・商品・通貨までをポートフォリオに組み込むとなると、これはもはやパッシブ(受動的)とはいえません。

 株式・債券・不動産・商品を含むトータルな国際分散投資(全世界市場への投資)を行なうにあたって、ポートフォリオを構成するパーツはコストが安く売買が容易なETFが最適であり、アクティブファンドを選ぶ理由はなくなりました。世界株市場における日本株の比率は約7%ですが、そこで市場平均をわずかに上回る日本株ファンドを探しても時間の無駄です。

 とはいえ、このようにアクティブファンドの存在意義が薄れてきたとしても、それをもってパッシブ運用の勝利と考えることはできません。ポートフォリオの各パーツをインデックスで構成していても、それぞれの資産クラスの配分(アセットアロケーション)でパフォーマンスは大きく異なるからです。

 同じ材料から異なる料理が出来上がるように、ポートフォリオのパーツが同じでも、運用成績は投資家ごとに違います。その意味では、すべての資産運用はアクティブ(投資家主導)なのです。

“究極のポートフォリオ”の材料はすべてここにある

 金融技術の急速な進歩によって、ETF以外にも、エマージング投資に有効なADR/GDR(預託証券)、不動産を証券化したREIT(不動産投信)、インフレ連動型の個人向け国債など、個人投資家がポートフォリオに組み込むことのできるさまざまな投資商品が開発されました。

 本書では、“究極のポートフォリオ”を構成するパーツとして、最先端の金融商品のリストを掲載しています。日本の金融機関では扱っていないものがほとんどですが、アメリカ、ヨーロッパ、香港・シンガポールなどの証券会社を利用すれば個人でも取引可能なものばかりです(海外の金融機関については本書の姉妹編である『至高の銀行・証券会社編』で詳しく紹介しています)。

 世界のデリバティブ市場にアクセスできるブローカーを利用すれば、ポートフォリオにレバレッジをかけたり、オプションと組み合わせて株価下落をヘッジするなど、選択肢はさらに増えます。ここまでくれば、「投資家の数だけ理想のポートフォリオがある」としかいいようがありません。

 本書は投資指南本ではなく、旅のガイドブックに似ています。あなたにとっての“最高の旅”は、便利なパックツアーには載っていません。

 すべての材料はここにあります。あとはあなたが、世界にひとつしかない自分だけの“究極のポートフォリオ”をつくり出すだけです。

橘 玲+海外投資を楽しむ会


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