Finding the Golden Feather of Wealth
How to Plan Intelligent Life
黄金の羽根を撒きながら堕ちていく天使
失業者370万人とは、いったいどのような数字なのでしょうか? それを知りたければ、家の近くにあるハローワーク(公共職業安定所)に朝早く行ってみればいいでしょう。
東京なら新宿・池袋・飯田橋など、どこも朝9時の始業から30分おきに失業の認定を行なうので、この時間のフロアは人でいっぱいです。時にはエレベータホールまで人が溢れ出し、非常階段に座り込んでいる人もいます。蒸し暑い室内で、みんなおとなしく名前を呼ばれるのを待っています。職員だけが声を嗄らし、押し寄せる認定者を捌いています。
「失業の認定」といっても、たいしたことをするわけではありません。失業認定申告書に求職状況を記入し、雇用保険受給資格者証にスタンプを捺してもらうだけです。これで1週間後には、保険金が銀行口座に振り込まれます。失業者に義務付けられた、1ヶ月にいちどの儀式です。
失業認定の様子がわかったら、求職フロアをちょっと覗いてみましょう。ここ数年でどこもパソコンが導入され、総合求人データベースが各自で検索できるようになっています。自宅のインターネット経由でもデータベースにアクセスできるようになったためか、失業認定フロアの熱気に比べて、室内はがらんとしています。ほとんどの人が、認定が終わればそそくさと出口に急ぎます。
失業認定のフロアと、求職フロアの違いを見れば、この国の「失業」の現状がわかります。
日本の雇用保険制度は寛容なので、会社を定年退職した人でも、65歳未満なら失業の登録ができます。この人たちは無事に定年まで勤め上げ、満額の退職金を手にし、年金まで受け取りながら、さらに失業保険をもらおうとやって来ます。
失業保険の給付金額は年齢・賃金・保険加入期間で決まり、給与水準の高い定年退職者はほとんどが上限額(日額9,725円)の給付金を受け取ります。その総額は6ヶ月間(180日)で170万円余り。定年後に働く意志があるかどうかは本人の申告に任されているため、定年退職者の失業保険申請は一種の既得権となっています。適当に求職している振りだけしておいて、受給期間が終われば、そのままリタイアしてしまうのです。
失業者の増大で雇用保険が破綻寸前なのに、大企業の部長職まで勤め上げたビジネスマンが受給者の列に並ぶのはどうかと思いますが、彼らには彼らなりの理屈があり、恬として恥じるところはありません。
彼らにとって、雇用保険は積立貯金の一種なのです。定年は、40年間積立ててきた貯金の満期であり、解約してそれを受け取るのは当然だと考えています。
そのうえ、老齢基礎年金の支給年齢が60歳から65歳へと引上げられたことが、彼らの権利意識をより強固なものにしています。
老齢基礎年金は夫婦で月額13万円(年額156万円)が支給されますから、5年間の支給の遅れで780万円もの“損失”が発生します。彼らにしてみれば、一方的な支給年齢の引上げは国の約束違反であり、その一部を失業保険で取り戻すのは正当な権利の行使、ということになります。確かに、この理屈はわからなくもありません。
若い女性の中には、結婚を理由に会社を辞め、失業保険を受給申請する人もいます。結婚するからといって失業保険が支給されない、などということはありませんが、彼女たちの多くが、受給期間が終わるとそのまま専業主婦になっていきます。5年以上会社に勤めていれば4ヶ月間(120日)の受給資格がありますから、日額5,000円の給付として、総額60万円が結婚後の不安定な家計を支えてくれます。
茶髪の若者たちは、ほとんどがフリーターです。前に勤めていた会社がたまたま雇用保険に加入していれば、6ヶ月以上の在籍で3ヶ月(90日)の受給資格が得られますから、カラオケボックスで朝まで時間をつぶして、赤い目をして失業の認定にやってきます。日額3,000円の給付として総額27万円ですから、バカにはできません。
90日の給付期間が終わった後、6ヶ月だけ仕事をする者もいます。4ヶ月の待機期間をバイトで食いつなげば、また30万円弱の失業保険が手に入ります。これを何度も繰り返しているとさすがに目立ちますが、適当に住民票を移して管轄の職業安定所を変えていれば、問題になることはまずありません。こんな方法も、口コミで広まっています。
失業保険の受給者の多くは、パートやアルバイトで働いています。それを正直に申告すると、働いた分だけ受給額を減らされてしまうので、みんな素知らぬ顔でとぼけています。なかには再就職したにもかかわらず、失業保険をもらい続ける猛者もいます。企業は被保険者を職業安定所に登録しますから、さすがにこれはバレて、ときどきトラブルになります。
そんな時は、「受給期間が終わるまで、職安に届を出すのを待ってください」と頼んでみましょう。中小企業だと、たいていはふたつ返事で引き受けてくれます。べつに会社が損をする話ではないからです。
受給者の多くが満額の給付を受けようとするのは、いったん受給申請すると、その時点でこれまでの“積立期間(被保険者期間)”がリセットされてしまうからです。1ヶ月だけ受給しても、満額もらっても、再就職すればまたゼロから積立て直さなくてはなりません。これでは受給者の再就職を遅らせ、不正受給を増やすだけだということで、受給期間中に再就職した場合は「再就職手当」が支給されることになりましたが、この支給額は本来もらえる額の三分の一程度なので、あまり効果は期待できません。
「不正受給を厳しくチェックすべきだ」と主張する人もいます。確かに正論ですが、失業認定の現場をいちど自分の目で見れば、これが如何に空理空論かわかります。
東京都内の職安には、1日3,000人、年間で60万人以上の失業者が認定にやってきます。限られた数の職員では、失業認定申告書のチェックなどとうてい不可能です。
かつては、受給者を不定期に呼び出し、求職状況を確認するなどということも行なわれていましたが、そんな努力はとうの昔に放棄され、いまはひたすら津波のように押し寄せる人と書類を整理するだけで精一杯になっています。
求職状況を抜き打ちで検査する案もあるようですが、知合いと口裏を合わせたり、新聞広告で適当な会社を探し、「電話で問合せたが条件が合わなかった」などと記載されればどうしようもありません。失業者は行政にとって保護の対象ですから、最初から疑ってかかったり、厳しく問い質すことなどできないのです。そのうえ、下手に追い詰めれば、逆恨みされるかも知れません。
厚生労働省の統計によれば、370万人の失業者のうち、35歳以上の世帯主は約70万人です。このうち単身世帯が33万世帯あるので、これを除くと、扶養家族のいる中高年の失業は37万件。そこから定年退職組を引けば、家族を抱え、職を失って途方に暮れている人の割合は、全失業者の5%程度になります。この人たちを「救済すべき真の弱者」とするならば、その目的を達成するために、雇用保険制度は莫大な金を不正受給者にばら撒いていることになります。
バブル崩壊後のこの十数年間で、80年代に全盛を誇った日本型システムはあらかた崩壊してしまいました。その過程で、受益と負担の関係は大きく歪んできています。失業保険は、その典型です。
なぜか誰も指摘しませんが、失業保険は、もともと成立不可能な制度です。
生命保険にせよ、医療保険にせよ、保険というのは一種の宝くじで、本人の意思に反して都合の悪いことが起きた時に、保険金という名の“賞金”が支払われます。詐欺と自殺を除けば、どんな保険であれ、自分の意志でこの賞金を引き当てることはできません。
しかし失業保険では、そもそもこの保険の要件が満たされていません。自分の意志で会社を辞め(自己都合退職)、保険金を請求することができるからです。これでは、好きな時に当たりくじが引けるのと同じです。
商品設計に根本的な欠陥があるにもかかわらず、これまで綻びが顕在化しなかったのは、失業をネガティヴに捉える日本社会の風土があったためでしょう。失業者が少なければ、簡単に不正受給はできません。ところが90年代の不況とリストラの嵐でその箍が外れると、途端に当たりくじを求めて人々が殺到し、制度はものの見事に崩壊してしまったのです。
では、自分の意志とは関係のない会社都合の退職者のみに保険金を支払えばどうでしょうか?
しかし、これでも問題は解決しません。企業のリストラに応えて退職する人の多くは、もともと会社を辞めるつもりだった人たちです。彼らだけに保険金が支給されれば、これまで保険料を支払ってきた一般退職者の不満は高まり、その結果、企業はすべての退職を会社都合にしてしまうだろうからです。
自分の意志で好きな時に保険金を受け取れる失業保険は、そもそも保険ではなく、年金ないしは積立金の一種と考えるべきです。失業時に、これまで積立てた保険料に運用益を加えたものを支払うだけなら、どんな不況になっても制度が破綻することはありません。失業保険を積立貯金と考える定年退職者たちの理解の方が、実は正しいのです。
その一方で、20代の若者が、半年間の会社勤めで支払う雇用保険料はたかだか一万数千円です。これで30万円近い保険金が支払われるのですから、世の中にこんなウマい話はありません。
誰かが得をするということは、別の誰かが損をしているということです。
雇用保険の保険料を負担しているのは、企業とその従業員です。失業の増大で保険財政がさらに悪化し、雇用保険制度自体が消滅してしまえば、彼らが失業したときには何ひとつ残っていないかも知れません。パイはすでに、あらかた食い尽くされてしまっているからです。
雇用保険に象徴されているように、崩壊へと向かう日本的システムは、黄金の羽を撒き散らしながら堕ちていく天使に似ています。「弱者保護」を名目にして日本国がばら撒く黄金の羽に、多くの人々が群がっています。しかしその一方には、必死になって羽を紡いでいる人もいるのです。
ことの善悪を問うているのではありません。それは評論家の仕事であり、個人の人生には何の関係もないことです。
日本国の制度は大きく歪み、傾いています。その歪みから恩恵を受ける人が生まれ、他方では収奪される人がいます。今後この格差はますます拡がっていき、やがては修復不可能なものになるでしょう。
その時、あなたはどちら側に立っているのでしょうか?